2001.01.12. 板硝子業界新年御礼会


 関西板硝子卸商業組合(理事長・大供竹太郎氏)の新年互礼会は、去る一月十二日午前十一時から大阪後楽園ホテル(大阪市中央区)において内外板硝子メーカー、全硝連近畿地区本部傘下の協組理事長、関西板硝子工事協組、大阪府鏡工業協組理事長等を来賓に迎えて盛大に催した。とくに本年は二十一世紀の最初の年という節目に当たるため、厳しい二十世紀の動向を教訓に新しい構想のもと、業界全体の発展を願って行うと決意の程を語っていた。
 新年互礼会は、小孫福利厚生委員長の司会で、大供理事長が主催者挨拶、小孫委員長から来賓各位の紹介があり、続いて来賓を代表してセントラル硝子取締役大阪支店長坪井正孝氏があいさつを行った後、大阪府板硝子商工業協組南正助理事長の発声で祝杯をあげ祝宴に移り、午後一時近くになって関西板硝子工事協同組合三谷理事長の中締めでめでたく閉会した。
なお大供理事長、セントラル硝子坪井支店長の挨拶要旨は次のとおり。

関西板硝子卸商業組合理事長大供竹太郎氏
 新年互礼会にご出席いただいた皆様に、このような高い席からご挨拶するのは失礼かと思いますが、永年の慣習ですのでお許し下さい。私の仲間から頂いた年賀状に二十世紀は近代板ガラス生産工法の幕明けの年でした。二十一世紀はその実現の年にしたいとありました。私も全くその通りだと思い業界繁栄に邁進すべきだと考えます。板ガラスの歴史を振り返る機会があり、その資料を読ませていただきました。先輩の方達のお話を聞かせていただきました。一九〇〇年代、一〇〇年前に日本で初めて板硝子が製造されたとの記憶がありますが、一九五九年フロート板ガラスの製法が開始されてくるのですが、二十世紀終わり近くになって爆発的な発展を遂げたと思います。このガラスの可能性を二十世紀で熟成させていくのが私達の務めではないかと思っております。私共が社会環境に見合った新需要の開拓にどれだけ知恵ととエネルギーを育てて行くか、もうひとつは信用を重視した取引確保にあると思います。この重い課題に取り組み、実りある年にして行きたいと思います。
 二十一世紀最初の年は巳です。この動物の象形文字は冬眠生活を終え、地上に這い出る形を現わしているもので、新しく地上生活を始めるというものです。私達も永年の商習慣を改善・改革することによって、二十一世紀の板ガラス業界育成に向かって一緒に力を合わせ努力して行きたいと思います。

セントラル硝子・取締役大阪支店長坪井正孝氏

 関西板硝子卸商業組合の皆様には大変厳しい環境の中、板ガラスの取扱いにつきご支援・ご協力いただきメーカーを代表して厚くお礼申し上げます。
 平成十三年、二十一世紀最初の年を迎えたが、ご承知の通り景気の方もここに来て円安・株安・原油高、アメリカ景気の減速という影響がありまして、パッとしない状況が続いて、先行き見通しについても悲観論、楽観論いろんな意見が交差しているようで先行不透明というような感じを受けている。先日、ある新聞を見ていると、全国的にある四五〇のゴルフ場の会員権相場が一九九〇年の始め頃とどのように変ったか、という記事が目に付きました。四五〇のゴルフ場の七割以上が九〇%以上の値下がりをしているということでした。ピーク時の0・O3掛けとか、板ガラス価格の値下がり率と比べてもすさまじいほどの値下がりです。
 一九九〇年代は空白の時代ともいわれている。板ガラス業界の数年間を振り返ってみると商取引の基本が見失われた時代ではなかったか、と感じています。
 赤字の商売は絶対すべきではない、売ったものは当然回収する、という基本を見失ったというよりも、そうせざるを得なかったと思います。今の市場環境のなせるわざか、昨年は価格改訂を行い、皆様にご苦労をおかけしたと思います。それなりに成果はあったものと思いますが、まだ正常化にはほど遠い状況ではないかと思っています。
 板ガラスを取り巻く環境は厳しい状況がまだ続きますが、まだ板ガラスは市場拡大のチャンスが残っています。
 私共も市場環境の改善、新需要の拡大に皆様と共に取り組んで行くつもりです。